迷子のアン

ADDかもしれなくて、すっかり迷子だけど、立ちなおっていきたい人のブログです。

発達障害の島

 

があったらいいな。そこで暮らしたい。

絶対ハッピーになれるよ。そうでないとしても、今よりは、心が軽いはず。

私はココの物価では、暮らしてゆけない。

 

 

他の方はどうかわからないけど、私は、adhdであることで、自分が ”そのことに関しての低所得者” になっている感じている。

 

普段使う場合の「所得の差」って、お金のインとアウトが、それぞれ大きいか小さいかの事で、お金持ちはインもアウトも大きくて、貧乏な人はインもアウトも小さい。

 

お金持ちの住むところは、物価も高い。

そんなところでは、貧乏人はお家も持てないし、暮らしてゆけないから、物価の安い、家賃の安いところを選んで、そこで暮らす。

物価は場所によってバラツキがあるから、生活に苦しくなったら移動すればいい。

 

それに比べて、”そのこと” の物価って、全国どこでもあまり変わらないと思う。

 

“そのこと”っていうのは、人間の世界で上手く生きていける力のこと。

猫や犬には必要ないけど、人間の場合必要になる、力のこと。それをなんと呼ぶのかわからないけど。(社会性とかなのかな。)  どこのコミュニティにいても重宝する力のこと。

学校のお勉強とか、普遍的なものについての知識と言うより、「日々変わったり・ごく個人的だったりする、知識・情報」を、多くストックして、適材適所で出してくる、あの能力。

どんな職種でも、どんな地域に住んでいても、”それ” があれば大体大丈夫なやつ。

 

例えば、  ♦︎Aさんの顔を覚え、名前を覚え、Aさんの好きなもの・苦手なものを覚え、Aさんと会話を楽しむのに適切なトピックを記憶から引き出し、Aさんが助けて欲しい時ふと気付いて手を貸し、Aさんに頂いた・してもらった事のお礼を忘れず、Aさんの家族の顔と名前を覚え、Aさんと仲の良いBさんの顔と名前を覚え、

♦︎Bさんの好きなもの・苦手なものを……………

♦︎ご近所のCさん……………

♦︎同僚のDさん…………

♦︎上司のEさん……………………

(これらは多分、お付き合いの最低限。)

さらに、地域で・世間で話題になっていること、新しい情報などをキャッチし、自分の生活や仕事に役立てたり、予定を立て・変更し・準備をしたり、あることについて他人と語り合ったりする。どんな職種でも、どこに住んでいても、この能力は重宝する。

 

普通の人にとって、これらは、自分の用事をこなしながら、さらりとしていることなのです。(という風に私には見える。本当に、どうやってあの膨大な情報を整理して、インプットして、活用しているのか不思議…) 彼らは、高所得者で、そういうことの、インも、アウトも、たくさんたくさんする。勝手に入って来るようだし、それらを出すのも簡単にやっているようだ。(少なくとも、私よりは簡単に。)  

 

お金のように、誰かに支払って替わりに品物を受け取るという種類のものではないが、行動・発言としてアウトプットすることで、そこには確かに何かが生まれていて、後で自分や他人の利益になったり、人から信頼を得たり…いろいろあると思うのです…。

 

その力は個人差があるし、みんな同じである必要はないけど、大体の ”相場” はあると思うのです。それが、ココの、物価です。(私は、最安値にも届いていないので、きっと苦しいのだと思う。)

 

“それ”が大きい人は、「気がきく」とか「仕事ができる」とか「親切」とかいろいろなよい評価を受けます。”それ” が小さい人は、「気がきかない」とか「仕事ができない」とか「空気が読めない」とか、言われます。

(幸い(?)なことに、私は外で他人からキツイ言葉でそういうことを直接言われたことはないけれど、自覚しています。どんなに「しっかりしよう」と張り切っていても、どこへ属しても、「難しい話はできないし、責任能力のない、おまけちゃん」になってしまうので、気が付きます。あと、母からは直接言われたり。)

 

私は”それ” について低所得者で、インも、アウトも小さいです。「私はココに見合っていない」とつよく感じます。助けてくれる人はいるし、優しくしてくれる人もいる。でも私は何も持っていなくて、何も返せなくて、ありがとうって言うことしかできないの。後から気づくことばかり。あ〜…涙が出てきた。

 

adhdの人は、まわりの人の理解と協力が大切です

 

ってよく、目にするけど、世の中の人は優しくて、困っていると助けてくれるんです。でも、私のために生きてる人はいないし、そんなこと全然望んでない。”多め”に助けてもらうこと前提の生き方しか、私にはないんだろうか?

 

一度でいいから、気が利くね、助かるわ、あなたがいて良かったって、本心から言われてみたいな

 

adhdであっても、記憶力が良くて、こういうことが得意な人はいるかもしれないから、それならそこの名前はアホの島でもいい。そういう所に行きたい。切実に。”それ” に関して所得の低い人々が集まる島。助けすぎる人も、助けられすぎる人も、いない島。

 

 

という、何も生まれない話。

そんな島ないし

これから長い人生どうしよう

本当にわからない

 

 

 

最近何にも興味が湧かない

あれもつまんない

これもつまんないってなる

 

とても好きと思える人と、お出かけしたのに、ワクワクしなくて、絶望してる。

 

まわりのもの、まわりの人に興味がわかない。

良い!と、一瞬思っても、これもまたすぐ飽きちゃうんだろうな、忘れるんだろうなって、頭のはしで考えてしまって、すぐくだらなく思えちゃう。そのことを自覚して、落ち込む。この流れをなんとかしたいんだけど、どうれすればいいのかわからない。

ごはんもおいしくない。

 

 約1ヶ月前の私はなんだか幸せそうだ。

その時の気持ち、全然思い出せないなぁ

 

 

 

いろいろいい感じ

 

手が付けられていなかったことを、一気に進めている最近。

 

結果、良く出たことと悪く出たこと、比べると良い方が多いかな。ラッキーなこと。

 

 

それから、あと少し足りないと感じていたスキンケアの、何が欠けていたか分かったことが、すごく嬉しい!

 

お肌の調子がいいと、心も元気になる!

 

 

 

以下、なんだか語感が好きな言葉の箇条書きです。(カッコの中は、それがそうだと嬉しいもの) 

 

 

せっせと (おにぎり)

どっさり (いちご)

たんまり (おまんじゅう)

たらふく (おもち)

たっぷり (バター)

ぽってり (たまご)

ふんわり (いい香り)

じんわり (スープ)

ぽっかり (おつきさま)

 

 

絵本読みたいな。お金持ちになったら絵本コレクターになって、自分で絵本も書きたい。

 

 

 

エネルギーになるもの

 

こんな私でもなぜだか年末は忙しい。

 

この一週間少ない脳みそを酷使する出来事が重なって、12月がはじまったばかりなのにもうヘトヘトだよ。

エネルギーを補給したい。

 

癒しになるもの一覧

 

おいしいもの

好きな人たちとの交流

長風呂 (つるつる)

可愛い女の子をググって眺める

クリスマス

ギフトを送る

ねむる

職場はわりと好き(つかれるけど)

 

今年はあまり支出がなかったから、ギフトで散財できそう。

いつも、贈り物したいなって時に、お金がない!ってなる人だったから、嬉しいな。

 

 

最近自分の本当の気持ちを受け止められるようになってきて、少し楽になってきた。

自分の頭が平均の人と比べてあんまりよく働かないという事実も、悲観せずに正面から受け止められるようになってきたかも。

あとadhd的な性質も、毛嫌いせず、そうなのよ、こうなの、って認めたり。

 

ずっと、わたしの話を聞いて、「そうであったか、大丈夫である」って優しく言ってくれる人を求めていたけど、

誰でもなく、自分がそう許してあげないと、心から安心できないんだって。

 

今日はつるつるになろ。

 

 

 

 

はじめて

 

Habiticaを使ってみている。

とてもいい!

 

今何をするべきか知っているということ

それがいかに安心なことかを知った。

 

ちょこっと片付けをしたり、

ちょっとした準備をしたり、

洗濯物をたたんだり。

アイロンしたり。

それぞれは、大したことはなくて、私はそれらをする能力は十分持ってる。

 

でもするべき時に、やらないと、トンチンカンなことになる。

これが必要なのに、あちらをやってみたり、あれを忘れてみたり。

何かが手遅れになって、何かが間に合わないと、次にもその次にも影響して、「全然できてないよね!?」ってなってしまう。

 

やるべき事を全部把握して、大事な順に番号をつけて、やるべき時間も覚えておいて…っていうのを考える為に、本当に時間と精神を使うから、なにか物事をはじめる前に、もう手遅れ気味になってることもある。

 

というか、「何かが間に合ってなくて、何かを忘れてるんじゃないか」っていう思いを、常に、常に持っていて、

 

何も問題が起きてない状態のときが、もしあっても、やるべきことを把握できていないがために、間に合っているという状態を自覚できない。だから、いつも不安で、焦っていて、落ち込んでいた。

 

それが、Habiticaに助けてもらうと、

①これから習慣にしたいこと

②絶対やらなきゃいけない日課

③一度で終わるタスク

に分けてくれるから、今やるべきことを考えやすくて、安心できる。

 

とくに②が助かる…

リストを作ってみたら、26個ほどだった。朝・昼・夜のマークをつけて、大体時系列に並べている。1日過ごすなかで少しずつクリアしていって、眠る前、全部クリアできたときの、安心感とうれしさって、本当にはじめてのことだった。

 

以前は、できてるかどうかもわからなかったから、「今日は色々こなしたな!」という日があっても、何か忘れている可能性があったし、安心して自分を褒めることができなかった。

 

ああ、ありがとうHabiticaとその開発者さん。

 

お風呂から上がったら、あといくつかのタスクをクリアして、安心して、眠れる。

 

今日はよくできました!

明日もがんばろう。

 

 

つらつら、つらら

 

低迷期

 

今、低迷期だなぁっていう時って、普通の人にもあるのかな。私は寒くなるとよく低迷する気がする。冷たい海の底に沈んでいくような気持ち。大人になるにつれて、どんどん、頻度が増えてる気がする。

 

子供時代〜大学卒業くらいまでは、adhdという単語も知らずに、自分について悩むこともあまりなかった。わりといつも楽しく過ごしていて、いつもニコニコしてるねって言われて自分は明るい性格だと思ってた。周りから「マイペースだよね」って言われても、勝手に「大らかだね」と解釈してのん気にしていた。

 

まあ、失敗はよくあるけど、誰かの命に関わる失敗はしてないし、なぜか私は、「両親は、怒ることもあるけど、私が失敗するエピソードをほほえましく喜んでいる」と思っていた。

 

両親は、とくに母は、私の失敗をすごく怒るときもあるが、特に失敗の規模が小さいときなどは、可愛らしいという様子で、笑うときも多くあった。(それも私の勝手な解釈だったのかもしれないけど。)

 

なので、「うっかり」を直そうと悩むどころか、うっかりさんはチャームポイント、とさえ思っていた。恐ろしい勘違い……。タイムマシンに乗って、昔の自分に、うっかりなのはなかなか直らないけど、努力や工夫も必要だよって教えてあげたい。

 

そういう価値観の癖は、今ではずれていると気付いたけど、頭では解っていても、なかなか直すのが難しい。(例えが難しいけど、他人が、私の方向音痴を知って、それをほほえましいと気に入ってくれると、無意識に思っていたり。多分その考えはおかしいから、はっと気を付いたら、正そうと意識してる…)

 

母は、外では愛想よくしているけど、家庭では口が悪いタイプで、家族が失敗をする時や彼女の価値観と違う行動をとっている時などは、父にも兄にも私にも、自尊心をえぐるような言葉を平気でぶつけてくる。いくらこちらが悪いからといっても、言い方ってものがある!ってくらい罵られる。父は無口なので見ていて気の毒だった。(わりと今も)

 

若い頃の私は、母はおかしい人なのだと、罵られても大して気にしていなかった。怒鳴ることなどしょっちゅうだったので、右耳から左耳へスルリだった。なので、母の注意が正論であったとしても、残念なことに参考にしていなかった。

 

考えてみると、昔は自分を明るい性格だと思っていたけどその頃から、おかしかったのかもなぁ。怒鳴られたあとでも、何もなかったように部屋へ戻って、鼻唄を歌いながら別の作業をはじめる人って、どこかおかしくなってる気がする。

 

そんな様子で、大学卒業までは、周りの友達に助けてもらったり、先生に助けてもらったりして、ヘラヘラと暮らしてた。

 

それで大人になってから自分のダメダメさをやっと自覚して、落ち込んだりしますという話。特に、失敗したとき、幼少から母に掛けられていた言葉が一気によみがえり、今、現実に言われた訳でもないのにシクシク泣いたりするのが厄介。ネガティヴさがすごい。頭の中で、自分の中の母と、中の自分が勝手に論争をはじめてることとかあって自分で引く…。

 

そして昨日、ネットサーフィンをしていたら、逃避生人格障害という言葉に出合った。ふぅん、そういうのがあるんだと思って読んでいたら、診断基準が1以外、全部当てはまっていて、衝撃だった。普通の人はこういう思考を持っていないの…?

 

私はadhdで自己肯定感も低いけど、心はまだ大丈夫と思っていた。(心と頭の働きが医学的に別カテゴリなのかどうか、知らないのだけど。) なので、人格障害という響きに大変ショックを受けている。

 

まだadhdについても対策をはじめたばかりなので、ちょっと無理、ということで、そうなんだ、とだけ覚えておいて、とりあえず保留にしておこうと思います。

 

 

Habitica

 

今日Habiticaというアプリを知って、始めました。今までのどのアプリより、タスク管理がしやすそう。もしお金持ちだったら、誰かにやってほしいな、と思っていた、やる事の優先順位を付けてスケジュールを立てるという作業が、何とか自分でもできそう!すばらしいアプリ!

 

ところが、セットアップというか、習慣・日課・todoを入れて、タグやら期間設定やらをしていく作業に没頭していたら、現実でのタスクを忘れていてさっそく失敗した。本末転倒!でも最初だけだよね、と、気を取直して使ってみます。

 

 

無題 001

ブックマークのアプリと、ブログ投稿用のアプリの使い方がよくわからない、、、互換してないの?

購読のバナーを押しても購読にはならないの?

むむむむむー

やりたいこと

 

やりたいなー、やりたいなーと言って、なかなかやらないことがたくさんある。

何も言わなくても、すぐやることもたくさんある。

 

すぐやることは、やりたいことで間違いなさそうだけど、やりたいと言いつつやらないことは、本当は、わたしってそれをやりたい訳ではないのかな、そう思い込んでいるだけとか。そんなことをお風呂で考えていた。

 

そういうタイプのやりたいことって、わたしの場合はだいたい、「これをやったら、素敵だな。」とか「こんなことできたら、わたし素敵になれるかな」とか、そのこと自体をやりたいという純粋な欲求というより、その先に理想の自分みたいなものを思い描きつつ、それを実現したいという思いとセットのものなのかも。という考えに至った。だから「プリン食べたいなー」とかいう欲求とは、きっと別にして考えないといけないんだ。

 

そこで、これからは

  1. 単にやりたいこと
  2. 素敵な自分になるために、やりたいこと

と分けて考えることにしようと思います。誰に宣言しているのでしょう。

 

というかこんなこと、みんな大人になるまでに、とっくに気がついて生きているんだろうか。だから子供っぽいとか言われちゃうのかな。でも今ひとつそういうことを考えたというのはわたしにとってきっと前進なのだ。

 

 

イメージごとに項目を分けるのもいいかもしれない。そんなマメなことを続けられる気はひとつもしないけど、今はすごく良い考えのように思える。