迷子のアン

ADDかもしれなくて、すっかり迷子だけど、立ちなおっていきたい人のブログです。

いろいろいい感じ

 

手が付けられていなかったことを、一気に進めている最近。

 

結果、良く出たことと悪く出たこと、比べると良い方が多いかな。ラッキーなこと。

 

 

それから、あと少し足りないと感じていたスキンケアの、何が欠けていたか分かったことが、すごく嬉しい!

 

お肌の調子がいいと、心も元気になる!

 

 

 

以下、なんだか語感が好きな言葉の箇条書きです。(カッコの中は、それがそうだと嬉しいもの) 

 

 

せっせと (おにぎり)

どっさり (いちご)

たんまり (おまんじゅう)

たらふく (おもち)

たっぷり (バター)

ぽってり (たまご)

ふんわり (いい香り)

じんわり (スープ)

ぽっかり (おつきさま)

 

 

絵本読みたいな。お金持ちになったら絵本コレクターになって、自分で絵本も書きたい。

 

 

 

エネルギーになるもの

 

こんな私でもなぜだか年末は忙しい。

 

この一週間少ない脳みそを酷使する出来事が重なって、12月がはじまったばかりなのにもうヘトヘトだよ。

エネルギーを補給したい。

 

癒しになるもの一覧

 

おいしいもの

好きな人たちとの交流

長風呂 (つるつる)

可愛い女の子をググって眺める

クリスマス

ギフトを送る

ねむる

職場はわりと好き(つかれるけど)

 

今年はあまり支出がなかったから、ギフトで散財できそう。

いつも、贈り物したいなって時に、お金がない!ってなる人だったから、嬉しいな。

 

 

最近自分の本当の気持ちを受け止められるようになってきて、少し楽になってきた。

自分の頭が平均の人と比べてあんまりよく働かないという事実も、悲観せずに正面から受け止められるようになってきたかも。

あとadhd的な性質も、毛嫌いせず、そうなのよ、こうなの、って認めたり。

 

ずっと、わたしの話を聞いて、「そうであったか、大丈夫である」って優しく言ってくれる人を求めていたけど、

誰でもなく、自分がそう許してあげないと、心から安心できないんだって。

 

今日はつるつるになろ。

 

 

 

 

はじめて

 

Habiticaを使ってみている。

とてもいい!

 

今何をするべきか知っているということ

それがいかに安心なことかを知った。

 

ちょこっと片付けをしたり、

ちょっとした準備をしたり、

洗濯物をたたんだり。

アイロンしたり。

それぞれは、大したことはなくて、私はそれらをする能力は十分持ってる。

 

でもするべき時に、やらないと、トンチンカンなことになる。

これが必要なのに、あちらをやってみたり、あれを忘れてみたり。

何かが手遅れになって、何かが間に合わないと、次にもその次にも影響して、「全然できてないよね!?」ってなってしまう。

 

やるべき事を全部把握して、大事な順に番号をつけて、やるべき時間も覚えておいて…っていうのを考える為に、本当に時間と精神を使うから、なにか物事をはじめる前に、もう手遅れ気味になってることもある。

 

というか、「何かが間に合ってなくて、何かを忘れてるんじゃないか」っていう思いを、常に、常に持っていて、

 

何も問題が起きてない状態のときが、もしあっても、やるべきことを把握できていないがために、間に合っているという状態を自覚できない。だから、いつも不安で、焦っていて、落ち込んでいた。

 

それが、Habiticaに助けてもらうと、

①これから習慣にしたいこと

②絶対やらなきゃいけない日課

③一度で終わるタスク

に分けてくれるから、今やるべきことを考えやすくて、安心できる。

 

とくに②が助かる…

リストを作ってみたら、26個ほどだった。朝・昼・夜のマークをつけて、大体時系列に並べている。1日過ごすなかで少しずつクリアしていって、眠る前、全部クリアできたときの、安心感とうれしさって、本当にはじめてのことだった。

 

以前は、できてるかどうかもわからなかったから、「今日は色々こなしたな!」という日があっても、何か忘れている可能性があったし、安心して自分を褒めることができなかった。

 

ああ、ありがとうHabiticaとその開発者さん。

 

お風呂から上がったら、あといくつかのタスクをクリアして、安心して、眠れる。

 

今日はよくできました!

明日もがんばろう。

 

 

つらつら、つらら

 

低迷期

 

今、低迷期だなぁっていう時って、普通の人にもあるのかな。私は寒くなるとよく低迷する気がする。冷たい海の底に沈んでいくような気持ち。大人になるにつれて、どんどん、頻度が増えてる気がする。

 

子供時代〜大学卒業くらいまでは、adhdという単語も知らずに、自分について悩むこともあまりなかった。わりといつも楽しく過ごしていて、いつもニコニコしてるねって言われて自分は明るい性格だと思ってた。周りから「マイペースだよね」って言われても、勝手に「大らかだね」と解釈してのん気にしていた。

 

まあ、失敗はよくあるけど、誰かの命に関わる失敗はしてないし、なぜか私は、「両親は、怒ることもあるけど、私が失敗するエピソードをほほえましく喜んでいる」と思っていた。

 

両親は、とくに母は、私の失敗をすごく怒るときもあるが、特に失敗の規模が小さいときなどは、可愛らしいという様子で、笑うときも多くあった。(それも私の勝手な解釈だったのかもしれないけど。)

 

なので、「うっかり」を直そうと悩むどころか、うっかりさんはチャームポイント、とさえ思っていた。恐ろしい勘違い……。タイムマシンに乗って、昔の自分に、うっかりなのはなかなか直らないけど、努力や工夫も必要だよって教えてあげたい。

 

そういう価値観の癖は、今ではずれていると気付いたけど、頭では解っていても、なかなか直すのが難しい。(例えが難しいけど、他人が、私の方向音痴を知って、それをほほえましいと気に入ってくれると、無意識に思っていたり。多分その考えはおかしいから、はっと気を付いたら、正そうと意識してる…)

 

母は、外では愛想よくしているけど、家庭では口が悪いタイプで、家族が失敗をする時や彼女の価値観と違う行動をとっている時などは、父にも兄にも私にも、自尊心をえぐるような言葉を平気でぶつけてくる。いくらこちらが悪いからといっても、言い方ってものがある!ってくらい罵られる。父は無口なので見ていて気の毒だった。(わりと今も)

 

若い頃の私は、母はおかしい人なのだと、罵られても大して気にしていなかった。怒鳴ることなどしょっちゅうだったので、右耳から左耳へスルリだった。なので、母の注意が正論であったとしても、残念なことに参考にしていなかった。

 

考えてみると、昔は自分を明るい性格だと思っていたけどその頃から、おかしかったのかもなぁ。怒鳴られたあとでも、何もなかったように部屋へ戻って、鼻唄を歌いながら別の作業をはじめる人って、どこかおかしくなってる気がする。

 

そんな様子で、大学卒業までは、周りの友達に助けてもらったり、先生に助けてもらったりして、ヘラヘラと暮らしてた。

 

それで大人になってから自分のダメダメさをやっと自覚して、落ち込んだりしますという話。特に、失敗したとき、幼少から母に掛けられていた言葉が一気によみがえり、今、現実に言われた訳でもないのにシクシク泣いたりするのが厄介。ネガティヴさがすごい。頭の中で、自分の中の母と、中の自分が勝手に論争をはじめてることとかあって自分で引く…。

 

そして昨日、ネットサーフィンをしていたら、逃避生人格障害という言葉に出合った。ふぅん、そういうのがあるんだと思って読んでいたら、診断基準が1以外、全部当てはまっていて、衝撃だった。普通の人はこういう思考を持っていないの…?

 

私はadhdで自己肯定感も低いけど、心はまだ大丈夫と思っていた。(心と頭の働きが医学的に別カテゴリなのかどうか、知らないのだけど。) なので、人格障害という響きに大変ショックを受けている。

 

まだadhdについても対策をはじめたばかりなので、ちょっと無理、ということで、そうなんだ、とだけ覚えておいて、とりあえず保留にしておこうと思います。

 

 

Habitica

 

今日Habiticaというアプリを知って、始めました。今までのどのアプリより、タスク管理がしやすそう。もしお金持ちだったら、誰かにやってほしいな、と思っていた、やる事の優先順位を付けてスケジュールを立てるという作業が、何とか自分でもできそう!すばらしいアプリ!

 

ところが、セットアップというか、習慣・日課・todoを入れて、タグやら期間設定やらをしていく作業に没頭していたら、現実でのタスクを忘れていてさっそく失敗した。本末転倒!でも最初だけだよね、と、気を取直して使ってみます。

 

 

無題 001

ブックマークのアプリと、ブログ投稿用のアプリの使い方がよくわからない、、、互換してないの?

購読のバナーを押しても購読にはならないの?

むむむむむー

やりたいこと

 

やりたいなー、やりたいなーと言って、なかなかやらないことがたくさんある。

何も言わなくても、すぐやることもたくさんある。

 

すぐやることは、やりたいことで間違いなさそうだけど、やりたいと言いつつやらないことは、本当は、わたしってそれをやりたい訳ではないのかな、そう思い込んでいるだけとか。そんなことをお風呂で考えていた。

 

そういうタイプのやりたいことって、わたしの場合はだいたい、「これをやったら、素敵だな。」とか「こんなことできたら、わたし素敵になれるかな」とか、そのこと自体をやりたいという純粋な欲求というより、その先に理想の自分みたいなものを思い描きつつ、それを実現したいという思いとセットのものなのかも。という考えに至った。だから「プリン食べたいなー」とかいう欲求とは、きっと別にして考えないといけないんだ。

 

そこで、これからは

  1. 単にやりたいこと
  2. 素敵な自分になるために、やりたいこと

と分けて考えることにしようと思います。誰に宣言しているのでしょう。

 

というかこんなこと、みんな大人になるまでに、とっくに気がついて生きているんだろうか。だから子供っぽいとか言われちゃうのかな。でも今ひとつそういうことを考えたというのはわたしにとってきっと前進なのだ。

 

 

イメージごとに項目を分けるのもいいかもしれない。そんなマメなことを続けられる気はひとつもしないけど、今はすごく良い考えのように思える。

 

 

オイル

 

最近始めたスクワランでメイクをオフするのが、とてもいい感じ。

 

メイクにスクワランをスルスルなじませて、ティッシュオフしたあと、泡だてた固形石けんで洗う方法。ネットのどこかで見つけた。

 

わたしは合成界面活性剤がほんとうに合わない。出来心でちょっと洗顔フォームとかで洗ってみると、すぐ荒れる。固形石けんでも、こっそり合成のやつが配合されてたりすると、もう荒れる。

 

クレンジングはだいたい合成界面活性剤が入っているから、自分にはメイクをスッキリ落とす!というのは無理かと思っていたけど、スクワランはそれを実現してくれたのです。

 

メイクと一体になって、石けんと一緒に流れていくかんじ。しかも、お肌からまだ離れてない角質は、落とさない。(イメージ)

 

角質培養をふんわり信仰していて、育ちかけの角栓はむやみに取ってしまいたくないので、そこも素敵。

 

つづけてたらお肌が健康的になってきた。やっぱり汚れを落とすのは大事なんだね。

 

スクワラン万歳!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - 失敗 - 

 

洗顔後のケアにも、スクワランを一滴足してみたことがあったけど、それはわたしには過多だったようで、おかしな荒れ方をした。

 

調べたら、オイルは多すぎるとお肌の力が弱くなり、外はベタベタ中はカサカサの最悪状態になるらしい。即やめた。

 

きっとメイクオフのときに残った少しのスクワランで十分だったんだ。